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臼杵のネット化・第三次豊の国ネットワーク=ハイパーネットワーク

それに引き続き、臼杵市の動きが面白いことになった。

臼杵市長として財政再建に目処を付けたコアラの後藤会長から依頼があって、臼杵市向けにいくつかの情報戦略を考えたが、ちょうどバブル崩壊後の景気対策投資が行われた時期であり、それらをうまく使って臼杵市全域に各家庭にかなり近いところまで光ファイバーを引き回した未来的CATV網を23億円かけて造ることが出来た。それだけでなく地域振興施設としての市民ふれあい情報施設など次々と数億円かけて造ることとなったが、肝心のバックボーン(世界につなぐインターネットの元ネット)が臼杵に無く、それこそこのままでは宝の持ち腐れになってしまう。

Photo_1  そこで県に第三次豊の国ネットワークを光ファイバーでギガビット網として造りましょう、様々にどのルートなら光ファイバーを通せるか地形を調べ23億円程度で出来ること等を記した提案書
[i]をハイパーネットワーク社会研究所の大分責任者として大分県に持ち込んだが「そんなのは無理ですよ」となかなかのってこない。特に、大分の情報化は私達が過去かなり強引気味に引っ張ってきて全国初を積み重ねた弊害か、県庁職員に「そこまでしなくても」という反動が強かった。

しかし、それでは困る臼杵市長は海外出張から帰ってきた平松知事を福岡空港まで押しかけて直訴。そういったことからか、私は東京で知事と当時の郵政省の通信政策局長との昼食勉強会をセッティング。その結果、第三次補正予算が余ればそれを使って「複数市町村をまたがる情報化施策例としての光ファイバー敷設」に支援いただけるような配慮をいただいた。そして3ヶ月ほど経った頃うれしい知らせとして16億円の支援が決まり第三次豊の国ネットワーク建設が三カ年計画としてスタートした。当時は九州電力もNTTも光ファイバーを貸し出すスキームが無く、大分は独自に光ファイバーを工事して敷設するというまさに公共投資型のどこにもない資産保持型のネットとなったわけであり、未来への利用が様々に夢ふくらむものであった。しかし、そのギガビット幹線の完成時、県がそのギガビット網を“ハイパーネットワーク”と名付けてしまったのには驚いた。ハイパーネットワーク社会研究所を造った時、未来ビジョンとして“ハイパーネットワーク”として説明してまわったものは、もっと先のバーチャルリアリティ通信まで含んだ新しい地域社会システムの一環として考えたものなのに。


[i] 第3世代豊の国ネットワーク「豊の国ギガネットワーク企画書(案)」http://info.coara.or.jp/HyperNetwork/hyper/hyper2/giga/toyonokuni/を参照

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