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2005年10月

2005年10月30日 (日)

コアラのマークや絵も様々な変遷

Coa このマークを使い始めてどのくらいたったかな?

一番最初は平面タイプだったんだけど。

Coaramark94nenn

この青いマークは、インターネットが始まった
1994年当時にwwwで最初に使ったんです。
http://www.coara.or.jp/diary/94-7-26.html

を見てください。

 とにかく20年の間にいろんなコアラのシンボリックな絵が登場しています。

 以下の別府湾の未来図も二通り。
Beppubay3t

 この絵はやはり94年~95年当時にコアラのwwwトップを飾ったシンボル絵。
 まだ高速道が完全開通しておらず、その期待と東京には無い自然一杯を感じて欲しくって書いた。当時誘致に一生懸命だったテクノスーパーライナー船もあるし。
http://www.coara.or.jp/oldhtml/old_index.html を見てね。

 で、その後登場した3Dの絵が下の絵です。
Title1

 この絵は、動かすことができるCGだったんですが、残念ながらそのデータはどこにいったかな?

 だから、同じ別府湾を様々な角度から表示させて使いました。ハーも二ランドやビーコンプラザが登場しているのわかりますか?
http://www.coara.or.jp/old2.html

 まだまだいろいろあるけど、まずはこんな処から。

コアラの今・昔、福岡で感じること。

以下は、大分県産業創造機構の機関誌に寄稿した記事です。確か、2005年9月号だったかしら?

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 コアラは地域興しで始まって本年5月、20周年を過ぎました。

 大分県地域経済情報センター(現産業創造機構)で生まれたその活動は、集まった地域興し皆様のご努力ご活躍で、94年いち早く東京以外で初めてインターネットサービスを開始し、97年サントリー地域文化賞を受賞、99年日本初のADSLサービスを実現する、など、様々に注目されてきました。

特に、95年~2000年の間はインターネットを県内に広く普及すべく県の事業の一環として県と一体的にインターネットサービスを行ってきました。

しかし2000年、普及が進み、同様形態の民間企業が存在し始めたので税務署が任意団体コアラを課税対象と考えたことから株式会社化の流れが始まります。

何しろ毎年、収入と支出を均衡させている任意団体会計ですから、利益という概念が無かった(つまり繰り越しの蓄えを持っていない)組織に突然、過去数年の投資(県が当初整備した設備を技術革新にあわせて毎年更新していった投資)を利益と見なしての課税額算定にはたいへんびっくりしましたが、なんとかしなければなりません。

折しもユーザ数が多くなったことからボランティアで支えて行くにはサポート要員確保が難しくなったり、と、様々なこともあって筆頭株主は九州電力、そして住友商事や三井物産、日立製作所などの大手企業や二階堂さんをはじめとする大分地場の皆様にご出資いただきサービスを引き継いでいます。

また、福岡経済圏が大分を包み込むように拡大してきた時期でもあり、大分のことを福岡で決定するという様相もあってコアラは大分本社であると同時に福岡を活動舞台として含み込むこととなりました。

福岡で感じること多々あります。

まずは、人材の豊富さ。九州中から夢や技術を持つ人達が集まっています。それだけに地場意識が大分より柔らかい。県産品愛用というより九州産品愛用なのかしら?

よい提案を行うと採用される。

例えば、福岡市は九州中から若手ミュージシャンが集まるインディーズのメッカですが、それをもり立て育てようと福岡市はインターネットの仕組みをコンペで公募、数ある提案からコアラ案が採用されています。で、コアラスタッフにはミュージシャンも存在。

また、コアラは天神の西日本新聞会館(大丸デパートがあるビル)15階に事務所を置いておりますが、その天神は九州一観光客溢れる購買力がある所。九州観光の玄関として振る舞おうとしており、日田~湯布院~別府への流れを呼び起こす絶好の場所でもあります。

そういったこともあって、一昨年、有志とNPO観光コアラを設立、福岡と大分を有機的に観光面から結びつける活動中。由布院温泉旅館組合のネット予約をお手伝いしたり、ただ今経済産業省と大分県にご協力ご支援いただいて、そのNPO観光コアラや(株)ゼンリンさんと大分のインターネット観光マップづくりに励んでいます。

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